北海道大学名誉教授・日本食品分析センター顧問
一色賢司

1.早いもので

本コラムは、第100話を迎えました。食品衛生上の出来事について、振り返ってみようと思います。ここ90年間ほどの気になった食中毒や出来事などを、さかのぼって表1に並べてみました。表1の内容は、「氷山の一角のそのまた一部」に過ぎません。第96話のように、表面化していない食性病害やヒヤリ・ハット事例もあります。

現在の食生活は、ご先祖の苦労の上に成り立っています。食品衛生に関しても多くの経験があり、教訓を得ています。飢餓にも耐えながら、「前例のある失敗」を繰り返さないようにして食生活を維持してきました。これからも、変化する環境に適切に対応し、健全なフードチェーンを維持してくれることを期待しています。

2.アフリカから日本へ

人類の食べ物は、食塩などの例外を除けば生物に由来しています。ご先祖は他の動物から餌にされる恐怖にも、空腹にも耐えて生き延びてきました。最初の人類が誕生したのは、約700万年前のアフリカとされています。約2000万年前から始まっていた地殻変動により、森の減少が続いていました。木の上で生活していたご先祖は、食べ物を得ることが難しくなりました。やがて、地上で生活を送るようになりました。

直立二足歩行を始めると、両手でたくさんの食料を持ち帰ることができました。人類の妊娠や出産、子育ては大変です。食料調達能力の高い父親が、頼りにされるようになり、家族にために直立二足歩行が定着していったと考えられるようになりました。

また、霊長類の中で魚類を食べるのは、新人類ホモ・サピエンスだけです。日本人はフグまでも食べています。旧人類が滅び、新人類が生き延びている理由の一つに、新人類が水産物も食べたことがあると考えられるようになりました。

ご先祖は、「そのままでは食べられない物」も知恵と技術を駆使して、食べられるようにしてきました。より安全で消化可能になり、美味しく食べられるように工夫してきました。より美味しい物を食べることは、空腹を満たすだけではなく、喜びにもなりました。安全で美味しい食品の安定調達には、食料の一次生産から最終消費までのフードチェーンでの一貫した、適切な取り組みが不可欠です。1969年にCodexは、「HACCPシステムとその適用のためのガイドライン」を付属文書とした「食品衛生の一般原則」を採択しました。2020年には、付属文書を第2章として昇格させた改訂が行われています。

3.変化は続く、いつまでも

環境などの変化に対応しながら、工夫を加えて、食生活は改善されてきました。現在の食品安全はリスクの存在を前提として、管理が行われています。「君子危うきに近寄らず」と言われる一方で、「虎穴に入らずば、虎子を得ず」とも言われます。「毒があるものは食べない」とリスク回避ばかりしていたら、新人類も絶滅していたと思われます。「どのように、どれだけの量を食べれば良いのか」という確率的な概念を取り入れて、餓死などを含むリスクを分散させて、食生活を送っています。

ご先祖から受け継いだ加工・調理技術も発展させてきました。やがて遠方の食べ物も入手できるようになり、安定的な食料調達や保存の手段も増えました。フードチェーンの拡大に伴い、新たな食生活を経験することになりました。

食生活も、教訓を得ながら改善され、変化しています。嫌なことは忘れないと生きて行けないのも事実で、全てを覚えておくことはできません。「気になる前例」が表1にあれば、後悔しないように調べて、必要な対策を講じてください。「前例のある失敗」を、繰り返さないように参考にしていただけたら幸いです。

表1 食品衛生関係の主な出来事 – さかのぼり 食品衛生 年表

(2024年2月17日現在)

参考文献

  1. 1) 厚生労働省:食中毒統計・調査結果
    https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuchu/index.html
  2. Codex Alimentarius International Food Standards:
    General Principles of Food Hygiene CXC 1-1969 Revised (2020)
  3. 島泰三:魚食の人類史出アフリカから日本列島へ、NHK出版(2020)
  4. 国立保健医療科学院 健康被害危機管理事例データベース
    https://www.niph.go.jp/h-crisis/archives/category/315/
  5. 日本食品衛生学会:食中毒事件例、食衛誌, 63, J-26-34(2022) 《会員専用》
    https://iap-jp.org/shokuhineisei/web_program/member/limit/63/2_J26.pdf