食中毒と食性病害 ~受動的食中毒調査の課題~

 北海道大学名誉教授・日本食品分析センター顧問
一色賢司

2025年2月28日更新

 わが国の食中毒統計は、患者を診断した医師からの報告を待つ手法に重きを置いています。病院に行かない体調不良者もいます。「お腹にくる風邪ですね」と、詳しい診察も検査もせずに、薬を処方する医師もいます。
 腸管出血性大腸菌感染症は、感染症法により当該診断患者数は国立感染症研究所に全数が報告されます。その件数は、毎年、3,000~4,000例が報告されています。2023年は、3,834例でした。
 図1は、地方衛生研究所から報告されたVero毒素産生性大腸菌の月別分離報告数です。2024年も例年のように腸管出血性大腸菌が分離されています。

 一方、2024年に関する食中毒発生事例速報値では、表1のように腸管出血性大腸菌による食中毒は12件で、患者数は105人となっています。このように、感染症としての集計値と食中毒統計による集計値には、大きな開きがあります。

表1

 図2は、2020年の腸管出血性大腸菌関係の集計値です。感染症に基づく報告総数は3,090件、有症者数は1,985人でした。食品衛生法に基づく食中毒統計では、報告総数は5件、患者数は30人でした。

図2

 2024年の食中毒統計速報値を分類し集計すると、表2のようになり、食中毒は減少しているような印象すら持たれる方もおられると思います。

表2

 上述のように、わが国は受け身的に食中毒情報の収集を行っています。2024年3月に明らかになった紅麹サプリメントよる食中毒事件は、大阪市により食中毒と判断されています。しかし、2025年1月6日時点の食中毒統計には、含まれていません。また、図3に示しましたように、食物アレルギーなどの食性病害(food borne illness)事例も含まれていません。

図3

 食品取り扱いに従事される方は、食中毒統計を絶対視することなく、食性病害の未然防止、万一の場合の拡大防止、再発防止のための行動に努めていただきたいと思います。

 図4は、2024年2月に出された米国会計検査院GAOの食品安全に関する報告書に提示されている図です。食中毒全体を氷山に例えています。

図4

 米国の食品安全の実態把握さえ十分ではないと指摘しています。食性病害の被害者の実態は、CDC米国疾病管理予防センターの検知している数よりも、大幅に多いと指摘しています。米国では、能動的調査による食中毒調査が行われています。わが国の受動的調査調書よりも、はるかに多くの患者数や死者数が報告されていますが、GAOは、食品安全の確保は未だ十分ではないと指摘しています。図4をわが国に当てはめると、闇夜の氷山のように思われます。
 食中毒動向に幻惑されることなく、食性病害の防止に努め、フードチェーンを大切にする国民性を育てていただきたいと願っています。


  1. 厚生労働省:食中毒統計資料、令和6年食中毒発生事例
    https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuchu/04.html
  2. U.S. Government Accountability Office
    Food Safety: Status of Foodborne Illness in the U.S., GAO-25-107606, Q&A Report to Congressional Addressees, February 3, 2025
    https://www.gao.gov/assets/gao-25-107606.pdf