1960年(昭和35年)
【国内】・家庭にも電気冷蔵庫が普及。【国際】・英国で七面鳥が大量死、後にアフラトキシン汚染と判明。
1957年(昭和32年)
【国際】・ビルマ産のバター豆、ホワイト豆などから多量の青酸を検出。
1956年(昭和31年)<日本が国際連合に加盟>
【国内】・水俣湾の魚介類常食者に水俣病が発生。
1955年(昭和30年)
【国内】・脱脂粉乳による溶血性ブドウ球菌食中毒発生。学校給食で児童1,219人が発症。本メーカーは、2000年に同様の食中毒事件を再発させた。・人工栄養児の死亡や体調不良が多数発生した。ヒ素ミルク中毒事件として対策が取られた。
1954年(昭和29年)
【国際】・第五福竜丸、南太平洋ビキニ環礁へ出漁中に水爆に被曝。築地市場のマグロから強い放射線を検出し廃棄処分。・黄変米の配給中止を決定。
1953年(昭和28年)
【国内】・食品衛生法施行令制定公布。・パラチオンの使用急増で農薬禍が表面化。
1952年(昭和27年)
【国際】・ビルマ産輸入米から黄変米を検出。移動禁止。タイ産、トルコ産米からも黄変米検出。
1951年(昭和26年)<サンフランシスコ平和条約調印>
【国内】・食品衛生監視員(11人)、業務を開始。輸出入食品の検査を開始。・北海道のニシンのイズシでボツリヌス食中毒。4名死亡。
1950年(昭和25年)
【国内】・シラス干しを食べて20人が死亡。
1948年(昭和23年)
【国内】・食品衛生法施行。・配給された大豆粉を食べ、約800人が発症し2人死亡。黄色ブドウ球菌検出。【国際】・ビルマからの輸入雑豆で食中毒。31人発症、4人死亡。青酸検出。
1947年(昭和22年)<日本国憲法施行、食品衛生法公布>
1946年(昭和21年)
【国内】 ・人工甘味料資源取締規制を改正し、ズルチンの製造販売を許可。
1945年(昭和20年)<第2次世界大戦終結>
【国内】・メチルアルコールの飲用による死亡者、失明者続出。
1942年(昭和17年)
【国内】・浜名湖のアサリで貝毒食中毒発生。334人発症。144人死亡。
1936年(昭和11年)<2.26事件>
【国内】・大福餅で2,201人がサルモネラ属菌食中毒を起こし、44人死亡。